満面の笑顔

四十数年前の青森の話。
満面の笑顔
この時期が来れば想いだすのは、バイバイの季節。
青森の男子高でクラスメイトだった渡辺君。英語のリーダー(読本)とグラマー(文法)が大の大得意で、他の科目は赤点すれすれ。数学も物理も、ましてや体育に保健体育もほとんどダメっぽい。
渡辺君は背が小っちゃくて眼鏡をかけていた。眼鏡といってもただの眼鏡じゃなくてレンズがぶっとい。
黒板に書かれた英語のスペルもだいたい10センチ離れてノートに書き写す。肩が凝りそう。
グラマーのテスト結果を配布すると、なんだか怒った顔で先生のところへ行き「ここ違ってます。98点です、すみません」
満点を2点引かれる。黙っときゃいいのに言っちゃうんだもんな。渡辺君らしい。
高二の夏、高校の全クラス対抗球技大会が有り、「何で相撲が入ってらんず」と渡辺君に笑い声で喋ったことがある。
渡辺君は上半身裸になり下半身ジャージを捲り上げ廻しを締めている。相手はかなり大きな人で渡辺君の廻しを軽く持って、ポイと土俵の外へ。チックしょう負けたぁと言いながら、行司の人に挨拶する満面の笑顔で。三年になりクラスが一緒になった。
柔道部を辞めて突っ張っている奴や、ラグビー部を辞めておとなしくしてる奴や。渡辺君はそういう奴に声を掛ける「気にすんな」と。小っちゃな身体とぶっといレンズの眼鏡。突っ張っている奴もおとなしくしてる奴も笑い声を抑える。
渡辺君に逢いたい。「リハビリ頑張れよ」と言ってくれないかな?
煮凝りもどき

雪国の方は、雪に注意してください。普段、雪に慣れていない方はアイスバーンに気をつけてください。
青森から離れて東京の話。僕がこの病に罹る前に、女性達に細マッチョと言われてた、うふふ、としよう。
寒い日が続いた夜中に雨が降り出した。朝起きると、昨日の雨が嘘のように晴れた。
出向先の会社が見えた時にアイスバーンになっていたのを知らないで、チャリンコでこけた。北側の車が通らない所で助かった。
「アイスバーンでこけたよ、恥ずかしいからチャリンコを押して会社まで」
「危なかったですね」と女性らが言う。
コンピュータの仕事が忙しいので十六階から十一階まで階段を歩いて降りたり昇ったり。右脚の脛(すね)が段々と痛くなってきた。痛くて痛くて、次の日は休みを取って病院に。
「痛いだろう、完治まで一週間掛かるよ」。会社で「脚が腫れてさ」と言おう、携帯カメラで右脚をパシャり。
一週間、二週間、三週間過ぎても脚が段々と腫れてきた。
病院を替えて違う病院へ。
「このままでは治らないよ、手術が必要だ。ここでやる?」
「えぇ、手術?」
メスを取りだしスパッと右脚を斬る。煮凝りもどきがドロドロと。
吉幾三の酒よ♪「飲みたいよ 浴びるほど 眠りつくまで」。ほろ酔い気分?
純情な少年

青森の片田舎の五十年前の話。
純情な少年
二人こそこそ何かを言いあう校舎の中。
「トロッコってどこにあるんだ」
「さぁ、見たことがないなぁ」
「線路はあったぞ」
「うん、線路は見たぞ」
小学三年二人組、放課後それぞれの家に帰り、準備をする。
二人、長ぐつを履き、10円玉を三枚持って商店でパンを買う。飲み物は山の奥にある渓流で充分満たされる。
山の奥までぶらぶら歩いて二時間ちょっと。今日は土曜で半ドン、季節は春から数えてもう夏近い。
今は三時半、どう考えても四時半に帰らないと怒られる。
パンを食べながら、渓流で爽やかな水を飲むゴックゴック。
「トロッコを探そうぜ」
「トロッコ、マイ ラブ」
線路を昇る、途中ヘビのマムシが舌をだし、こっちを見ている。かなりビビッて線路の下を歩く、セーフ、助かった。
今は四時、時間切れっと思っていたら、呼んでいいのか分からないけどトロッコがあった。
横も前も後ろも壊れかけていて走れるのか不安で小も無い。トロッコ進め、進むんだ。トロッコが動きだす、動く。
線路を昇るのに三十分もかけたのに、降りるのはスピードが違う、急いでブレーキをかける。
ブレーキといってもただの木の棒が折れる、折れました。トロッコは線路を走って来たのに、線路がもう無い、トロッコが横に倒れ、二人もトロッコから投げ出された。
汗と涙の結晶、
「えーん、えーん、えーん」
「痛いよ、えーん、えーん」
何が純情だい、悪戯が好きな少年じゃ無いか?
子どもの頃の想い出話
青森の雲谷(もや)ロープトウ
ロープトウ:スキーヤーはロープを握り、接地したまま山側に牽引されます。バランスを取っていないと転んで周りに迷惑を掛けます。
雪国生まれの僕には、雪で遊んだ記憶の数々が有ります。
雪だるまに手袋をつけて笑ったり、小さいかまくらをいっぱい作ってかくれんぼをしたり、スキーをしたり。
僕の家の西隣は田圃で、冬が来ると雪が積もるから田圃なんて屁の河童。普段は歩けない所もザッザッザと長靴で歩ける。
雪が二メートル積もれば、竹の長いのを数百本使って雪が来ないように構える。竹の長いのを利用した雪のスロープ、僕らにとってはスキーが滑れるので超ラッキー。高さ四メートル程の小さなゲレンデ。
雪でジャンプ台を作り、上からスキーで下りて来てジャンプをする。楽しさで頬が赤くなる。
親戚のお兄さんが、小学二年の僕らを雲谷スキー場に連れて行ってくれる。
雲谷まで一時間かかるがワゴン車の中で、
「冬さえぐのは初めでだ」 *冬に行くのは初めて
「わっきゃ雪のジャンプ台作るぞ」
などと色々なことを喋りだす。
雲谷スキー場に着いたら、運転をしたお兄さん達はリフトで頂上に。
幼い僕らは長靴にスキー板を履いて滑るのだが、なぜだかロープが一本上へと動いている。しばらく見ているとロープを使ってスキー客を運んでいる。
「ロープたずまればいのさ。そしたら上までいぐだ」 *ロープつかめばいいのさ
「それにすても人が少ね」
ロープを掴むと摩擦で手袋が熱くなり、手を離すと後ろの人達も将棋倒しになった。落ち込む僕は雪に寝転んで手袋で顔を隠す。
寒い冬のノスタルジックな想い出ばなし。
交換日記
交換日記
四十数年前の青森の片田舎の話。
顔も声も年齢も違うが、中学三年の丸坊主の僕が小倉一郎、顔が長谷直美似のJ子ちゃん、背の高いところが勝野洋みたいな丸坊主の洋くん。
洋くんはJ子ちゃんのことが好きみたい。好きなのに何も言えないところが可哀想。J子ちゃん何とかならないの?
洋くんが僕の前に来て「オレ、J子ちゃんに言ってやる、好きだって」。
僕が言う、「ガンバレよ」。
放課後、中学校の廊下で「オ、オレと、付き合って・・」。洋くんは言っている途中でJ子ちゃんに言い返される。「私、教科書が彼氏よ」。
洋くんの辛さが後で分かった。「俺たちの朝」はもう解散だ。
昼休みの時間にJ子ちゃんが小声で言う。「二人で交換するから、交換日記って言うんだよ」「へぇ」と僕が言う。「ねぇ、交換日記をしてみる?」「えぇ僕と?」。中学三年は受験勉強で忙しい。でも、合間に丁度いい交換日記。
J子ちゃんは、「私、今度の日曜に買いたい参考書があるの。その時に日記を買うわ。楽しみにしてね」。
汽車が走り出す。
J子ちゃんは物凄く頭がきれてテストで満点を取れる女の娘だ。
放課後、周りに人が居なくなるのを待ってJ子ちゃんの机の中の日記を取り出す。次の日の朝、J子ちゃんの机の中に日記を入れる。ふぅ、なんだか疲れるみたいな感じ。僕はカラーペンを使い、緑、蒼、黄、薄い茶色、赤色。悩みが有れば日記に書いて、次の日J子ちゃんの机の中に隠す。
そんなのを三か月も続け、私立受験も終わり、公立受験の日がやって来た。J子ちゃんは商業高校を目指すという。コンピュータクラスが新しく一クラス出来て倍率は、男子は一・二倍程度、女子は四倍程度。いくら頭が良くても倍率が高すぎる。それぞれの中学でトップ二十に入るのは何人も居る。
J子ちゃんは高校入試で良い結果を出したのに、倍率は四倍も有ったのでしょうがない。僕は男子高に入れたのだが気持ちはブルーだ。
公立の高校に上手く入れた人は午前中に中学校へ、上手く入れなかった人は午後に。J子ちゃんは私立へ行くのだが、僕の頭は上の空。
卒業式も終わりを告げようとしていて教室へ戻る。日記は僕のところに有る。J子ちゃんの姿を遠めで観るので精一杯。話すことも出来ないでいる。身振り手振りで机の中に日記を隠す。J子ちゃんは何気なくこっちを見、顔を下げる。分かったのだ。ハラハラドキドキ僕の机の周りは男子だらけ。
卒業式が終わってグランドの中、J子ちゃんが泣いている。ほかの女子も泣いている。男子は泣きたくても泣けないでいる。J子ちゃんが泣いているのを見て僕のハートは壊れそうになる。もしかして恋、初恋?いやいや。さて、日記はどうなったJ子ちゃん。
初恋だろうか心臓が爆発しそうな予感。卒業式もサヨナラを言い、互いの家に帰っていく。大きな声で「元気でねぇ」「分かった、じゃあね」。いろんな人が言い忘れはないかと立ち止まっている。女子が四人声を合わせ、「なおちゃん、さようならー」「おぉバイバイ」。
J子ちゃんは居ない。先生と進路の相談が有るとグランドから教室へ。昔の青森は、公立落ちたら私立に行くと言うパターン。J子ちゃん、僕の机の中の日記を見ているんだろうなと心がウキウキする。高校が違うと交換日記もできなくなる。そうだ、手紙があった、なんだか嬉しい予感。
J子ちゃんと連絡がとれない、どうしようと三日待つ、一週間待つ、さらに一週間、まだ連絡はとれない。
高校が始まり、僕もそれに伴い忙しく感じて。J子ちゃんを忘れた訳じゃない。スポーツと勉学で。J子ちゃん、僕を忘れてしまったの?
高校に入学し、J子ちゃんと逢ったのは三度こっきり。
一度目は青森駅を何気なく歩いていたら、「なおちゃん、久しぶり。時間が無いの。遊びにきてよ」。いい香りがしても化粧はどうしたの?赤い口紅、似合わないのに。可愛い顔はどうしたの?遊びにってどこへ?
二度目は青森駅前の新町通りで偶然に。「おぅJ子ちゃん、元気にしている?」「わぁ、なおー」。赤い口紅はピンク色に変えて、化粧は薄く、着ている服は上品で。J子ちゃんとは違う。J子さんだね。「高校はどうしたの?」「私、高校には行ってないの」。それはショックが強すぎて、何を話したか覚えていない。
三度目は学年も二つ増えて、部活も最後の戦いを終え、五所川原から青森まで汽車で帰るとき、J子さんと出逢った。とても綺麗な顔で僕が何も言えないのを知って、話しかける。「ねぇ、懐かしいわ。私、アパートを変えたの、良い所だから遊びに来てよ。ちょっと待ってね」。手帳に住所を書いてビリビリに破り、それを僕に。「この前Y君たちが遊びに来たの、なおも来てよね、約束だから」。何とも言えない好い香り。
途中の駅でJ子さんが降りる。「バイバイ、また今度ね、約束したから」「おぅ、またね」。
汽車の中で部活の仲間達がぞろぞろやって来て、「ヒューヒュー」と。J子さんと逢ったのはこれが最終章の別れ。初恋はそっと手のひらに。約束は守られていない。
青森から出張で来た洋と、神奈川と埼玉に住居を持つ二人と同窓会をしようと上野に集まった。洋に聞いたのだが、J子さんは三軒のスーパーマーケットのオーナーに為っていて、独り身だって。交換日記はどうしたのだろう?
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